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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1740号 判決

控訴人 長田金雄

右訴訟代理人弁護士 内野繁

被控訴人 武藤廣行

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 柴田憲一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人武藤廣行(以下「被控訴人武藤」という。)は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)を明渡し、かつ、昭和五八年九月三日から右明渡済みに至るまで一か月金五六万円の金員を支払え。

3  被控訴人武藤は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録二記載の建物(以下「屋上建物」という。)を収去して、本件建物の屋上部分を明渡せ。

4  被控訴人新宿中央オートランドリー(以下「被控訴人ランドリー」という。)は、控訴人に対し、本件建物の一階部分を明渡し、かつ、昭和五八年九月三日から右明渡済みに至るまで一か月金二五万円の金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

6  仮執行宣言。

二  被控訴人ら

主文第一項同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄の関係部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  当裁判所も、当審での審理の結果を勘案しても、控訴人の請求はいずれも理由がなくこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示中関係部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目表三行目冒頭「そこで」から同一四枚目表七行目末尾「採用できない。」までを、以下のとおり改める。

「そこで以下この点について検討する。

建物の持分権は、建物そのものとは異なり、一つの権利であるが、本件の場合のように、建物について二分の一ずつの持分を有する共有者両名のうちの一方が、その持分権に基づいて、他方に対し、右共有建物の使用収益を認め、その代わりにその対価の支払が約束される契約(『本件賃貸借』と表現されてきている。以下右契約に基づく権利も『賃借権』という。)は、共有物の使用方法についての合意を含むものの、対価を支払って相当期間建物そのものを全面的に使用するという建物自体の賃貸借と同様の効果の発生を目的とするものと解されるから、特段の事情がないかぎり、その性質上建物賃貸借に準ずる契約と解するのが相当であり、民法、借家法等の規定の趣旨にしたがいその効力を考えるべきである。そして、成立に争いのない甲第七号証(公正証書)によると、本件建物の各共有者であって、右契約の当事者であった被控訴人武藤と前田キミエとの間では、右契約書の表題としても『賃貸借契約』と表示され、またその内容も、毎月の賃料の定め、借家法に従った右賃料の改定の約定等、建物自体の借賃貸契約と同趣旨のものと認められるのであって、いずれにしても本件に関して、右の特段の事情は見当たらないから、本件賃貸借については、建物の賃貸借と同様に借家法に基づく保護が与えられるべきである。

ところで、このように解すると、本件における控訴人のように、共有者二名からそれぞれその持分を取得して本件建物の単独の所有権者となった者は、共有者の一人である被控訴人武藤がその持分を失い、二分の一の持分についての使用権原を喪失した場合においても、同人が本件建物の使用収益を継続している以上、前共有者前田との契約の効力は借家法一条一項の準用により新所有者である控訴人に生ずることになり、その所有権に基づいて本件建物の引渡を求めることができず、被控訴人武藤による建物の全面的使用が継続されるという不合理とも思われる結果が生ずることになる。しかし、それは、共有者間に共有物に関し使用方法についての合意が成立していないのに、共有者の一人が共有物を独占的に使用する場合と同様に、共有関係から不可避的に派生することがある止むを得ない不都合に属し、ただ本件の場合、共有物についての持分権を失った者が、借家法の準用により、前共有者の持分権に基づいて、その使用を継続できる結果となる点に違いがあるに過ぎない。してみると、控訴人の前記主張を採用することはできない。」

2  同一四枚目裏三行目「第一一、」を削除し、同行目「第一二号証、」の次に「被控訴人ランドリーの記名印が押捺されたことは争いがなく、右事実と」を、同四、五行目「一ないし三、」の次に「第一一号証、」をそれぞれ加える。

3  同一七枚目裏八行目「買戻すこと」の前に「本件建物の二分の一の持分を」、同一〇行目「差し入れたこと」の次に「、また右②の損害金は、控訴人が、本件建物の二分の一の持分を競売手続の特別売却により取得する等のため、金融機関から借受けた三千数百万円の金員に対する月一分の利息に相当するもので、本件建物の使用料等を意味するものではないこと」を、同末行目末尾「できる。」の次に「原審証人羽生力博の証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して措信できず、他にこれを左右するだけの証拠はない。」をそれぞれ加える。

4  同一九枚目表一行目「したがって、」を「いずれにしても、被控訴人武藤が、当時は契約の当事者でもなかった控訴人に対して賃借権を放棄する意思であったとするだけの合理的理由が他に見当たらない以上、」に改める。

5  同二〇枚目裏四行目「そうすると」から同二二枚目裏二行目末尾「失当に帰する。」までを、以下のとおり改める。

「ところで、《証拠省略》によると、前記支払金は②の損害金の一部として支払う趣旨であり、これを支払う限り買戻しまでの期間、本件建物の使用収益が継続できるものとして支払ったことが認められ、そのため前記乙号各証(領収書)の一部に『貸金利息』又は『貸金の遅延損害金』の記載がなされても、右貸金の分も含んだ②の損害金(前記のとおり出捐金等の利息又は損害金であるが)の意味として、被控訴人側においても格別異義を述べなかったものと推認される。被控訴人武藤が③の債務への充当としてこれを支払ったとは、右乙号各証、原審における証人羽生力博の証言からこれを認めることはできず、他にこれを認めるだけの証拠はない(弁済充当の指定そのものがなかったとは認められない。)。しかし、前認定のとおり買戻しの合意の効力は、昭和五八年九月三〇日の経過により原則的に消滅するものであり、仮にその延期が前提とされていたとしても、被控訴人武藤において一か月三五万円の割合による金員を遅滞なく支払ってきていないことは自認しているところ、その後控訴人は、被控訴人らに対し、本件建物の明渡しを求める本訴訟を提起したうえ、本件建物についての前田キミエの二分の一の持分を取得したことも、前認定の事実及び本件記録から明らかであり、本訴提起の段階では、控訴人が、競売手続による売却により取得した前記持分を、被控訴人武藤に対し売り戻す意思がなかったこと、すなわち、前記約定の期限を延期する意思がなかったことは明らかである。原審における控訴人武藤本人尋問の結果中には、本訴が提起された後においても、控訴人の代理人である羽生力博との間では買戻しが前提となって、右各金員が受領され、被控訴人武藤においてもこれを支払ってきたように述べる部分があるが、前記事実に照らして措信できない。

してみると、右各金員の支払いについて、被控訴人武藤の弁済充当の指定に該当する債務が存在しないことになるが、右弁済が前記のとおり本件建物の使用収益継続の対価としてされた趣旨にかんがみ、右弁済充当の指定には、第二次的に本件建物の使用権原となる本件賃貸借に基づく賃料債務に充当する趣旨も含まれていたものと解するのが、被控訴人武藤の弁済充当の指定の意思に沿うものと認められる。そうすると、被控訴人武藤の昭和六一年七月現在の未払い賃料は、前記認定したところから計算すれば八七〇〇円に過ぎないから、控訴人が前田キミエの持分を取得して以来、被控訴人武藤が一切賃料を支払っていないとして、再抗弁3(一)の特約に基づき本件賃貸借を解除することは許されないというべきである。なお、《証拠省略》によると右未払い分は昭和六一年八月中に支払われたことが明らかである。

以上によると、被控訴人らの抗弁1、2は結局理由があり、控訴人の被控訴人らに対する本件建物明渡しの請求は理由がない。また、賃料相当損害金の請求についても、被控訴人武藤が本件建物全体について占有権原を有することになるのは、前記のとおり共有関係から派生するやむを得ない事情によるものであり、本件建物の占有そのものを二分し、その一方を違法視することはできないというべきであるから、不当利得に基づく請求は別として、不法行為による請求は理由がない。」

二  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することにし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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